漢前女子と言われ続けたい。

32歳独女の思ったこと色々。食レポ/写真/4コマなど。時々、恋活・婚活ネタや惚気も。

昔の男はみんなクソ、であると同時に深い感謝の対象でもある

先日DJあおいさんのブログに共感して呟いたら、ご本人および世の悩める女子(たぶん)達のRTやお気に入りをいただいた。

最終的に感謝しているということ

感謝できるのは、色んな感情が消化された後に昇華までされてこそです。
完全に過去に出来た状態。一言で言うと極論「どうでもいい」もはや好きでも嫌いでもない、つまり無関心。だから純粋に他人事と切り分けて感謝を過去にもてるのだと思う。それを綺麗に言うと「一緒にいてくれてありがとう、どうかおしあわせにね!サイナラー!」となる。

しがらみや恨みつらみがなくなれば、元は好きだった人でもあるし良かったこともあるので、そして何より今の自分を作ってくれた人達なので、結果オーライありがとう!と言えちゃう。
むしろ、結果オーライOK!と言える自分でありたい。

だがしかし過去の男は皆クソなんである

あくまで経験論ですが、緑茶がだめんずウォーカーかどうかという話はさておき、過去の男女関係がうまくいかなかったのは相手がクソだからです。勿論、逆サイドから見ればこちらがクソな可能性も大いにあります。でもそんなことはどうでもいいのです。相手の人間性も社会的立場もどうでもよくて、自分にとってクソだった!!という1点を自分が理解していることが大事。

第一次感謝ブームは非常に危険

うまくいかなかった直後の感謝ブームはとても危険です。まだ傷口がじゅくじゅく瘡蓋にもなってないのに感謝するとロクなことになりません。
何故ならこの感謝は、「くそ」を覆い隠すからです。あるいは乗り越えてしまう。女子はただでさえ「好きなんだもん」「恋しちゃったんだもん」で色んなものをぶっとばしていくのに、そこに感謝パワーが加わってはそりゃあ大変です。
「(クソだけど)あんないいことも、こんないいこともあった…考え直そう!」では全然明るい未来にはならない。クソはクソであることを理解し、是正する方向に行けばまだいいのかもしれないけれど、クソを無視しては二人の関係は成り立たないままなのです。一旦どうにかなっても、そのうち綻びてきて、最終的に破滅します。

終わった関係に未練を残さない感謝を

「いつかまた会いたい」などと思っているうちは、まだまだ真の感謝に行きつけているとは言い難い。
この場合の感謝は、思い出を美化する効用を担っている可能性が高いからです。感謝が故の再会希望なのか、その逆で会いたいがための感謝なのか。やはりいずれにせよ感謝の形としては美しくない。

(脱線しますが「美しい」って言葉すごく好きだったのに、「美しい国日本」のおかげでなんだか真っ直ぐ捉え難くなってすごく残念)

別に何が何でも感謝しなきゃいけないわけでもないし、否定してもいいし、忘れ去っても全然いいのだけど、
緑茶自身は最初に述べたとおり、過去の恋愛相手も今の自分を作ってくれた要素のひとつではあるので「その人を好きだった自分」を肯定したいし、なるべーく澄んだ気持ちで感謝を持っていたいな(同時にくそだと思っていたいな)と感じた次第。 

 

冒頭のDJあおいさんの御本