漢前女子と言われ続けたい。

32歳独女の思ったこと色々。食レポ/写真/4コマなど。時々、恋活・婚活ネタや惚気も。

女らしさってなんぞや

 

!たしかに!ですね。役割分担した上での男女それぞれの適正評価もさておき「人間として性別関係なく評価できる」土壌が必要ですね。道へ進む人、道を拓いていく人、まだまだこれからですね。

 

ついったで、ブコメしてくださった方とお話をしていて、頭がこんぐらがってきたので、自分の思考を少しまとめてみることにする。

自由の後にくる不足、そして不自由

最近ふと思ったのが、フリーターの後にニートが出てきたように、我々の男女関係なし世代の後に少子化が深刻化したんじゃない??てことだった。
自由すぎることはどこかで本質を見失う危険性を孕んでおり、我々はその狭間にいたのではないかーなんてことを思ったのだ。

一昔前、そう自分がそろそろアラサー?て頃にその波はやってきた。よくわからないマタニティ波である。かつてのアイドルたちがママドルとなり、マタニティフォトを公開し、ananに妊娠特集みたいなのが出てきた。

はっきり言って、ananの妊娠特集はsex特集よりも衝撃だった。「なにこの流行???」妊娠って流行するもんなの・・・?というよくわからない戸惑い。(それを言うならsex特集もそうかもしれないけども)

丁度ガツガツ働く世代だったので、自らに紐づいて考えるには至らず、ただよくわからないふわっとしたゆるーい縄をかけられたような、なんか、とにかくちょっと嫌なかんじだったのを覚えている。

ふた昔前、アイドルは子供を見せなかったし、ましてや妊娠中の姿を見るのなんて週刊誌の中だけだった・・・ような気がしていたのだ。
世代だからってだけの敏感力察知で過敏になっていただけならごめんなさい。

女性登用について、逆に感じるネガキャン

特に政府。そんなに政治について詳しくないからこそ言いたい。
何のための女性登用ですか?女性登用って言いたいだけじゃないですか?っていうか、むしろ女性登用してやっぱ女はだめじゃんキャンペーン貼りたいだけじゃないですか?て穿ちたくなるくらい、変な目立ち方をしていてなんだかな。
過去にだって力のある女性はいたわけだし、他の国でだって活躍する女性政治家はいるわけで、女性だからって登用されるのも女性だからって変な扱いされるのも、なんかどっちも変なので、やめてもらえませんか。。。

でも一方で、現在の仕組みが男性基本で成り立ってしまってるから、どこかでそのパワーバランスをぐいぐい変えようと思うと力技がある程度は必要ってのも一理はあると思う。女性幹部●割~とかも変だけど、一理ある。その●割達成のために、無理やり女性を登用するんでなく、今いる女性を登用できる仕組みに変えられるともう少し自然なのだろうけど、仕組みを変えるのは力も時間もお金もかかるから結局今の型に女性をはめるしかなくなって無理が生じて・・・うううーん・・・

自分の中の女性らしさ

緑茶は比較的男女差のゆるーい世代生まれだと思ってますが、三十越えて「女」について色々と思うこと考えることあり、ブログも始めました。

 

アラサー独女が何故結婚を焦るのか - 漢前女子と言われ続けたい。

 

社会の中の女性のありかたってなんぞや - 漢前女子と言われ続けたい。

 

 そう、社会において女性らしさとか女性登用とか言うのは違和感を覚えるのだけど、一方で、我々はどこまでいっても「女」だし「女子」だし、場合によっては「母」になる。そこにはどこまでも「女性」であることが、付きまとってくる鬱陶しいものでもあるし、ずっと寄り添っている暖かなものであるとも言える。

 

自分自身では、最近になってようやく「女性」を受け入れてきたこともあり、そこそこ女性ライフを楽しんでおります。

女男のようなダーリンといると「俺がなんとかせねばならんべやー」的な思考になることも多々あるんですが(…)それでも、圧倒的にやっぱり男の人なんだなあーと尊敬することもあるし、逆に自分が包み込める性を持つことに誇りを持てる瞬間もあります。ああ、この人がこうやって寛げる、肩の力を抜ける柔らかさを、今の自分が持てていて本当によかったなあとしみじみするかんじ。なんとなーく、そこにはやっぱり女性であることの喜びがあり、だからこそ今の関係を建設的に考えていられるのかななんて思う今日この頃です。女性らしくも、男性らしくも、一見ない二人が、二人だからこそ原点に立ち返れる?話???

 

最近衝動買いした絵本↓

 

Love is Walking Hand In Hand (Peanuts®)

Love is Walking Hand In Hand (Peanuts®)

 

 日本語版もあるけど、それは見ずに自分なりに訳してみようという遊び。