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漢前女子と言われ続けたい。

32歳独女の思ったこと色々。食レポ/写真/4コマなど。時々、恋活・婚活ネタや惚気も。

創作というもの

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こちらの記事を拝読して「創作」について考えた


創作をすることについての雑感 - 無要の葉

 

ものづくりと一言に言っても内容はばらばら

自分の中では

(タスク、他人との協働)デザイン<<<創作<<<アート(自分の内側、心)
みたいなイメージ。両端の言葉はイマイチいいのが浮かばなかったけど、なんとなくつたわりますでしょうか。
アートは自分の内側から滲み出る思いの集大成みたいなイメージ、
デザインは個を出さずに(内容にもよるけど)、題目があってそれにとりくむ仕事。
「創作」はその間にあるような気がしている。

それぞれのアウトプットによって、
デザインは課題をクリアし、アートは自己表現で自分の一部を消耗し、創作は自分の一部を昇華する、そんなイメージ。
アートは生で、デザインはテクニカル、創作は半生。
いまいちどのたとえもうまい表現になってないけど、そんなかんじです。

 

創作は自分の中にあるものを作品としてアウトプットすることで昇華される

少し前に、こんな記事を書きました。

相手のある話をブログや友達に相談するなどのこと

個人的に思う、この最たるものは片思い初期の友達への相談。
全く事態は進展していないにも関わらず、「好きかも・・・!」とか言ってるうちに一人でどんどん本気になるパターン。おいおい相手は何もお前のことを知らないんだぜ!?みたいな。

(中略)

相手の立ち位置変わってないよーってことを把握した上で、相手に向かい続ける気持ちが一番大事なんだろな。

 

気持ちの整理の仕方 - 漢前女子と言われ続けたい。

で、ふと思ったのです。
ここで書きたい放題書いたり、4コマ描いたりしているけれど、思いは加速するどころか寧ろ昇華されていると。
一人で勝手に昇華しているので、現実には相手の立ち位置把握が必要な点は変わらないのだけど、昇華と加速では全く意味合いが異なってくる。

で、なんでも次々昇華させてしまうと、最後には何もなくなってしまう。

ブログが書けなくなる人や小説を書いてみようと出来ない人は、それがこわいのかもしれない。自分の中にあるものを外に出したり、昇華させたりしたくないのかもしれない。無意識のうちに。

一方で、どんな出来事も創作に出来てしまうようになるというのもまた、それはそれで業が深い。