漢前女子と言われ続けたい。

32歳独女の思ったこと色々。食レポ/写真/4コマなど。時々、恋活・婚活ネタや惚気も。

自由は不自由

とは後程記載するブログからの引用だが、本当にその通りだと思う。

選択肢が多いことは、決して幸せではない。

これは、前職でお客様にご案内をしていても、
自分がたとえば賃貸を探すときなんかもそうで。
選べるということは、それだけ多くのものを諦めないといけないということでもあるし、取捨選択ってのは力もいるし知識もいるから、中途半端に知るくらいならば、限られた選択肢から選んだ方がストレスは少ない。

ジョブズとかオバマとかザッカーバーグが同じデザインの服を着続けるのは、人生における選択できる数は限られているから、少しでも生活の中の決断ストレスをなくして、ちゃんと大きな決断をすべきことに集中するためだとか。

でも、今は情報が溢れているし
人生も多様化だーダイバーシティだーとか言って、色んな道が選択出来てしまう。

だから、人は迷う。

 

迷っちゃう友達の話

昨日、よくLINEで話す遠方の友達から何度目かの「別れるかもしれない」の相談を受ける。
彼女はほぼ事実婚状態ではあるものの、色々と課題があって入籍にはいたっていないのだが、事実旦那の方とも自分は仲良いので、この2年ほど事実婚が始まって以来、よく話を聞いている。

(それにしても日本語って不思議で、「色々と課題があって」と「色々と問題があって」だと受けるニュアンスが全然違う。自分は、この事実婚夫婦はとても良い素敵な二人なので、問題ってより乗り越えられる課題ってなんか言いたかった。)

聞けば、価値観の相違だったり、親に関することだったり、確かに論点は重要なのだけど、話している内容が浅すぎてリアリティーがない。
双方自己主張をして、相手のことを理解できない!と言っているのだが、こっちからすると「話し合いの内容自体が浅すぎて、申し訳ないけど、そんなくだらない言い合いで大事な二人の仲を壊さないで。痴話げんか以下だよ…!」と思わず言ってしまった。
たしかに、どうしようもないケースってのは往々にしてあるし、そういう時に無理に関係性に固執するのが良くない場合もある。
でも、この場合はそもそも「別れる」って選択肢を無駄に作って争っている気がしており、そこ、なしにして建設的に限られた範囲内での話し合いをしてくださいよーと思ったのだった。

人生はある程度、最後は決めの問題じゃないかと最近思ってる

三十路も落ち着く32歳、20代のような熱量はどうしたってなく、
「~すべき」が「~したい」より勝ってしまうとか悩んでいた頃が最早なつかしい。
「~すべき」にしろ「~したい」にしろ、どちらも気持ちが先行した結果の行動だったと今なら思う。
そして今、思うことは「~しよう」を前提に大体のことは進めればいいんじゃないかと思ってる。
その「~しよう」の始まりが「~すべき」でも「~したい」でも、そこに大した差はなくて、最終的に「~しよう」に基づいて責任もって行動して、そこで結果が出せるといい。

なので、今のパートナーとは
「この人と一緒にいたい」「この人なら歩み寄りができそう」と色んな気持ちあっての上だし、この人でいいのかな?他も考えた方がいいんじゃないかな?保険かけといた方がいいんじゃ?とか色々迷いつつも、
基本はまず「この人と一緒に歩いていく道を考えよう」でいきたいなあと思っています。

選択肢がない「やるしかない」状態のこと

尊敬する男の先輩で、日中仕事をしながら、夜中にライフワークともいうべき別の活動を続けてきた方がいる。

「今まで早朝に帰って寝て、正午前から働き始めてたど、子供がいると予想できないことがどんどん起こって、眠る時間とか確保できないね」
「すごい…!よくそれでできますね…!」
「やーもう、すごいとかできるとかじゃないよね。やるしかないよね。だって子供、そこにいるんだもん」
(※先輩は子供大好きですごいかわいがってます。念のため。育児と子供愛はまたちょっと別の話)

目からうろこが落ちました。
決めの問題、とか言う以前に、決められている状態、というのもあるのだと。

今日おもしろいなーと思ったコラム

ちょろっと婚活・恋活市場に足の先ぐらいだけ浸かって思ったことのひとつに、
何故かアラサーよりもゆとりよりも大分下の、20代半ば男子が意外と安定志向で家庭欲が強い。
こういう、自由なようで自由じゃない、リア充なようで何かが欠けてる世代を反面教師にしてるのだろうか。